iPad、グーグル、ツイッターで ヒトは本当に馬鹿になりつつあるのか

c0092710_14485166.jpgダイヤモンド・オンラインの記事転載。↓↓↓・・・うーん。。。ひとそれぞれとは思いますが。。「脳への影響」というより例えば新聞・本読むときの「斜め読み」とかが出来ないから僕は電子端末系で何かを「読もう」という気にはならないです。このテはあくまで「見る」ものですよね。。



「ITに、もはや戦略的価値はない」「ウェブ2.0の無道徳性」などの論文で有名な米国のテクノロジー思想家、ニコラス・カー氏がふたたび過激な書を世に問うている。今回の主題は、『THE SHALLOWS(浅瀬)』(邦題『ネット・バカ』青土社刊)。インターネットへの過度な依存が、わたしたちの脳に与える影響についてさまざまな学問を総動員して真正面から検証を試みた。ネット以前の世界を懐かしむ単純な議論ではけっしてない。電子書籍の普及などオンライン化へのシフトを不可逆的な流れとして捉え、それでもわれわれの思考が浅瀬に陥らないためには何をなすべきか、という考察に溢れている。グーグル、アップルをはぐくんだ現代米国において異彩を放つ著述家に、「ネット・バカ」論の真意を聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト、大野和基)




――あなたは、ラッダイト(イギリス産業革命時、機械化に反対して機械を壊した者たち。転じてテクノロジー嫌い)なのか?

 そうではない。私自身、コンピュータやインターネットを長い間使い、その恩恵を受けてきた。テクノロジーを全面的に否定などはしてない。

 私が近著『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社刊)で言いたかったことは、とにかくテクノロジーのプラスの面ばかりを見るなということだ。コストやマイナス面にも注意を払え!ということだ。

 たとえば、われわれは、単語は単語だから、オンラインで読もうが、印刷された本で読もうが、同じだとすぐに結論付けてしまう。しかし、本をテクノロジーと定義して、それをコンピュータ画面で読む場合と比較検証すると、(われわれの脳が受ける影響は)じつはかなり違うことが分かる。

――どう違うのか。

 端的に言えば、印刷された本の素晴らしいところは、われわれを“注意散漫”にさせないことだ。本を読むということは、静止した対象に向かい直線的にひたすら注意や思考を持続させなければならないということだ。だからこそ、われわれは印刷されたページをめくりながら本を読むとナラティブ(物語)に非常に深いところで関わることになり、深く議論することができるようになる。対照的に大量の競合する情報や刺激に溢れているインターネットやコンピュータ画面上で(本を読むと)まったく逆のことが起きやすい。要するに、注意散漫に陥りやすいのだ。

――つまり、あなたはアップルの「iPad」には批判的な立場ということか。

 こう答えよう。私も、インターネットやコンピュータなどの情報テクノロジーに良いところがあることは認める。迅速に大量の情報を収集できることは、テクノロジーの進歩だ。

 また、私は電子書籍への流れを止めるべきだと語っているわけではない。現実問題として、経済性と利便性を考えれば、潮流がそちらに向かっていることは明白であり、それは不可逆であろう。私が言いたいことは、オンラインで本を読むことと、印刷された本で読むことは、われわれの思考プロセスにまったく異なる影響を与えるということを肝に銘じてほしいということだ。

 スティーブ・ジョブズ(アップルCEO)自身、iPadを発売する直前に、こう言っている。「どうせ最近の人は本を読まないから」。良い悪いは別にして、これで彼が何を考えてiPadを作ったかが分かるだろう。

――ジョブズやグーグルは、あなたの主張をどう理解していると思うか。

 ジョブズについては分からないが、少なくともグーグルは気づいていると思う。グーグルからは、私の主張について講演も頼まれた。しかし、彼らが私の主張を本当に重視しているかどうかは別問題だ。そもそも私の主張はネットであれやこれやの情報に振り回されないで、一人で集中して熟考したほうがよいというものだから、彼らに嫌われる可能性が高い。

 批判しているわけではないが、アップルやグーグルはわれわれにできるだけ素早くクリックさせ続けることで儲けている。(グーグルについていえば)われわれが情報をたくさん見れば見るほど、広告も見せることができる。

 彼らのイデオロギーとは、情報収集においてできるだけ効率よくあるべきだということだ。しかし、現実の姿としては、彼らはわれわれを新しいことで散漫にさせることで、おカネを稼いでいると言える。

――新聞をはじめとする紙媒体は世界各地で苦戦している。その最大の要因はやはりインターネットの隆盛だと考えるか?

それは間違いない。新聞の購読者は長い間落ち込んでいるが、その流れを加速させているのは紛れもなくインターネットの普及だ。これだけタダの情報が溢れたら、誰がカネを払うというのだ。

 とはいえ、正直なところ、この流れを止めるのは難しいだろう。アマゾンの「キンドル」などの電子ブックリーダーの普及で、読書習慣は完全にオンラインにシフトし始めているからだ。

――ちなみに、あなたは印刷された新聞を読む方が好きか。

 そうだ。しかし、そんな私もじつはしばらくの間、新聞の購読をやめたことがある。無料で読めるものに対してなぜおカネを支払わないといけないのかと思ったからだ。

 しかし、しばらくたって、私はオンラインでかなりの情報が手に入るにもかかわらず、新聞をぺらぺらめくって読むときほど、オンラインではまじめに読んでいないことに気付いた。フィルター機能を使ったり、検索エンジンを使ったりすることに頼っているからだ。実際、印刷したものを読むことに比べると、オンラインで読む方が、視界を狭くしていることがある。

――日本語の表記法には、ひらがな、カタカナ、漢字の3つの文字があるが、コンピュータで書くようになってから、日本人は漢字を忘れる傾向にある。

 そうした経験は何も日本人に限らない。コンピュータで探せばいいから、何も覚える必要はないと言う人までいる。しかし、ものを覚えたり、学んだりするプロセスこそが、それが書かれた字であれ、他のことであれ、われわれの思考と知的な生活に深みを与えるものなのだ。

 もし脳の中に何もなければ、何も考えることはない。情報は即見つけられるかもしれないが、その情報について複雑な思考や概念的な思考を持つことはない。

――それが、近著「ネット・バカ」で取り上げた最大のテーマか。

 その通りだ。多くのことを覚えないで、考えたり、クリエイティブになったりすることはできない。脳を他のことをするために解放したいから、覚える必要がないことはいいことだと言うのを耳にすることがあるが、脳はそのように機能しない。記憶は異なるシステムだ。

 実際研究によると、できるだけ多くのことを記憶すると、新しいことを学ぶスピードも速くなることが分かっている。脳を記憶から解放することで、より賢くなると考えるのは間違いだ。

――あなたはインターネットのことを「人間の後戻り」と言っている。

 知的な観点からすると、確かにいくつかの点でそうなのだ。

 むろん、これだけ多くの情報へのアクセスを可能にし、多くの人とすばやくコミュニケーションをとれるようにしたインターネットには多くの付随するメリットがある。それは認める。しかし、われわれの知的生活の深さや、さらにいえば、われわれの文化の深さ(豊富さ)の点では、現実に(後戻りが)起きているのだ。

 インターネットをどのように活用するのがベストであるか分かっている大人でさえも、くだらない情報、重要でない情報であってもたくさんの新情報を探し続けられるということに、われを忘れてしまう。重要なことに注意を払わなくなってしまうのだ。

 心配なのは、子どもへの影響だ。今の子どもは非常に小さいときから、万事においてコンピュータの活用を是とした発想の中で育てられている。フェイスブックに興じたり、メールをすることで本来やるべきことが妨げられながら、育てられている。この状況は本当に心配だ。子どもたちは、長時間にわたり集中することを学べていない可能性があるからだ。沈思黙考しなければ、思慮深くなる方法を学ぶことはできないのは自明の理だ。

――電子書籍の話に戻るが、日本の出版社はデジタル化への対処の仕方に悩んでいる。そういう出版社へのメッセージは?

 今まさに大変革の入口にあると考えている新聞がデジタル化の進展で苦しんでいても、少なくとも米国では書籍はずっと調子がよかった。昨年だけで電子書籍の売上は全体の書籍の売上の8%か9%を占めるようになった。2~3年前はほとんどゼロに近かったことを考えると、大きな伸びだ。背景には、キンドルやiPadのような機械がスクリーンで文字を映し出すのがうまくなったこともある。

 ただ、私が懸念するのは、出版社が簡単でナビゲートしやすい本ばかり出版し始めるのではないかということだ。電子書籍の文中にリンクを張ったり、ビデオやオーディオを埋め込んだり、あるいは広告がどんどん入り込んでいけば、先ほど指摘した「注意散漫」問題が深刻化していく。注意を散漫にさせるものが多く入ってくればくるほど、われわれが思考を集中させるのが難しくなるのは道理だ。書く側も読む側も提供する側も、ウェブに似せる取り組みがすべてにおいて本当に必要なのか、真剣に考えたほうがよい。

――しかし、あなたも著書で指摘しているように、出版社は読者の新たな習慣や期待に適応するものだ。

 それは、そうだ。読み方の変化は、現実問題として、書き方の変化を促すからだ。著書に書いたが、そのプロセスの顕著な例は、日本にある。ケータイ小説だ。

 日本に限らず世界的に人々が読む文章は短くなっている。フェイスブックやSNS上のメッセージ、あるいはツイッター上のつぶやきばかりになれば、時間が経つにつれて、書き手もさらに短い形式で本を出し始めるだろう。ただ、それが起きると文学の豊かさの多くが失われることは間違いない。

――現代を代表する偉大な作家の一人であるトマス・ピンチョンはラッダイトだと公言している。彼は1冊の本を書くときに数百回書き直すという。もし人が彼と逆の方向に行けば、彼の居場所がなくなる。

 そうだ。語彙の難解性、シンタックス(構文)の複雑性をなくしてしまい、ケータイ小説では文学的実験とはいえ、複雑なものを考える時間を人は持たなくなるからだ。もし誰もピンチョンの作品のような難解なものを読む集中力の幅を持たなくなれば、作家たちもいずれそのような作品を出さなくなる。

――著書の中で、普段は経済学の世界でよく使われる“crowding out”(締め出す、押しのける)という言葉を何度か用いているが、この場合は具体的にどういう状況を指しているのか。

 インターネットが、情報収集のための他の方法、特に他の媒体を締め出すという意味で使っている。

 インターネットのすばらしいところはどんな形でも情報を扱うことができること、どんな情報でもデジタル化できることだ。経済的にアドバンテージがあるので、それはまるで大きなスポンジのように他の媒体も吸い込んでしまう。その傾向は続くだろうし、さらにインターネットに収斂する情報は増えるだろう。

――グーグルは何もかもデジタル化しようとしている。

 そこに彼らの利益があるからだ。デジタル化してオンラインに載せれば載せるほど、検索エンジンに多くのものが入ってくる。そうするとオンラインに費やす時間がそれだけ多くなる。人がオンラインに費やす時間が増えると、それだけ多くの人がグーグルを介して広告を見るようになる。だからグーグルはわれわれを印刷されたものから離して、オンラインの方向に向けることで大きな利益を得ることができる。

 ただ、だからといってグーグルによって「馬鹿」(stupid)になっているかと言うと、その言葉を使うことには私も慎重だ。とういのも、(インターネットを活用しようがしまいが)、いろいろな意味で頭がいい人はいるからだ。英語の原題は、「The Shallows」だが、「馬鹿」というよりも人を「shallow(浅薄)」にする。物事について創造的に、複雑に、概念的に考えることをできなくさせる傾向があると言っているまでだ。

――しかしご存じのように、もはやわれわれはインターネットなしで生きていくのは非常に難しいし、不可能であると言ってもいい。あなたが読者に伝えたい現実的なメッセージとは何なのか。

 常にオンライン状態にある、常につながっている状態にあるという期待がわれわれの仕事生活や社会生活に組み込まれている。つながりを切ることは非常に難しいし、多くの人はそのような選択をしない。

 しかし、こう考えてほしい。インターネットよりも良い情報収集方法が存在するケースもあるということだ。また、インターネットに頼らない思考法もあるということだ。それに気づけば、われわれの生活はもっと良いバランスが取れるようになるはずだ。

 具体的に言えば、素早くコミュニケーションをとるためにはネットを使っても、もっと深く考えたい場合は、そういう機械のスイッチを切って、印刷されたものを読むべきだということだ。そうすれば、必ず違う経験を学ぶことができるはずだ。


――インターネットを使うな、と言っているのではない?

 もし私がそう言えば、嘘つきということになる。しょっちゅう使っているからだ。いろいろなことにインターネットは非常に価値がある。危険なことはあまりにも衝動的に使うので、インターネットが思考の普遍的な道具にますますなっていることだ。

――怠けたらだめだということか?

 その通り。記憶しなければ、考えることができないから、物事を頭に入れないとだめだ。何でも検索エンジンで見つけることはできない。

 考えることが減れば、それだけ検索に頼ることになり、検索に頼れば頼るほど、記憶しなくなる。そうするといつか頭が空(カラ)になる。問題は、自分の頭の中で物事を関連させて考えることをしないと、ますます外部にあるコンピュータベースに、関連することを頼ることになる。われわれの思考の豊かさは自分の脳の中にあるつながりから来るのであって、脳の外に存在するネットワークにあるつながりから来るのではない。

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by hatcho_bori | 2010-11-25 19:30 | Trackback | Comments(0)
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