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芸術闘争論

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引用。。引用。。久々に?マーカー片手に読みました。

"いってみれば戦後の日本人は、首輪をつけられないで育てられてしまった犬のようなものです。「自由」という名の野良犬が我々です。"

"アートの世界にも同じようにピークと衰退があります。歴史というほど大げさではなくとも、過去の流れを学習しておくと、次、こういうのが来るのではないか、そういえば、今、来ようとしている「これ」は以前あった「あれ」の引用ではないのかとかもコンテクストとして理解する、それが知的とされるのが現代美術のシーンです。"

"その中で近代以降、現代の美術における救済というのは今述べたようなある種、心の中に欠けた部分を持っているアーティストが、欠けたままで芸術作品を作っていることが芸術作品を見て理解できると、見たものは癒される、救済されるということがあります。だから、コンテクストには作家が考えているだけではなくて、その作家の持っている宿命みたいなものがこの重層性の中に忍び込んでいるわけです。"

"アーティストの評価は、作品が99.999パーセントです。圧力のない作品を作ったらどんなに取り繕っても、誰も振り向きもしません。何の世界でもそうですが芸術の世界は厳しいのです。ひと口に作品を売って「金を儲ける」といいますが、自分の手に持っている職で金を儲けるには種も仕掛けもない。自分の持つ正義への忠誠心に忠実に生き、こつこつとモノを創造し、社会に問い、そしてその問いかけに対しての評価が下る。良い時も悪い時も、自分の正義に忠実であってそれが社会から信用を勝ち得た瞬間しか儲けを手に入れることはできません。"

"それには、これまでに述べたように、コンテクストを持った芸術=西欧式ARTのルールを知ることです。あまりにも「自由神話」への信仰、自由真理教への信仰が支配し、ルールを理解しようとすることにすら拒否反応が示されます。しかし、それでは芸術を創造する自由は得られません。自由は無制限に転がっていない。ルールを発見し、その中での自由を獲得することが芸術の歴史です。"
by hatcho_bori | 2011-01-28 07:08 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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